釣り人が「たびのおやど」に行き着いて
こんばんは、坂口友英です。
今日は、久しぶりに釣りに出かけてみた 。料理人時代に付き合いのあった、 千葉県の漁師の船を借りてだ。
久しぶりの房総の海。船はあまり得意ではないが、潮風に当たるのもたまにはいいものだ。
一時は魚に凝っていて 、毎週末になると房総へ来たものだが、今は違う。 ただのんびりと釣り糸を垂れる。
魚が釣れても、釣れなくても、どちらでもよい 。波に揺られ、潮風に吹かれ、ただ、ぼーっと海面を眺める。
それでいいのだ。 珍しく朝早く出てきたものだから、少し疲れたのかもしれない 。
気がついたら、こくりこくりと船を漕いでいた。船に揺られながら、船を漕ぐ。なんて贅沢なんだろう。
3時間ほど揺られてみたが、結局、釣れた魚はアジが3匹だった。これだったらスーパーで買ったほうが早いのだが、気にはしない 。釣りは、釣り糸を垂らす時間がいいのだ。 船長が、「折角来たのに申し訳ない」と言って、帰りに一杯タコをくれた。今日はこれを肴にしよう。
帰りの電車に揺られながら、またしても、ただぼーっと車窓を眺める。
今日はどうにも、ぼーっとしてしまう時間が長い。でも、休日なのだからまあいいか、と自分に言い聞かせ、やはりぼーっと車窓を眺める。
またまたやってしまった。 気がつけば終点。辺りは暗闇。ここはどこなのだろうか。
どうやら、1時間ほど寝過ごしてしまったらしい。 電車は折り返され、折り返した先の終点まで来てしまったのだ。
つまり、帰る方とは真逆だ。なんということだろうか。帰るどころか 、余計に遠くに来てしまっているのである。
しかし、これも何かの巡り合わせなのだろうと思い( こじつけだが )駅を出てみた。
迷い出たのは、千葉のはずれの田舎町。歩いたこともなければ 、当然、来たこともないわけで。
どこに行くあてもなく、アジとタコをぶら下げてぶらぶら歩く。
幸い、現金は持ち合わせているので、こうなればどこかに泊まっても良い。そう思った矢先 、目の前に民宿が現れた。
「たびのおやど」とひらがなで書かれたそこは、一軒家を改装したものだろうか 。
門をくぐると、人の良さそうなおじいさん、おばあさんが出てきた。
事情を話して泊めてほしい旨お願いすると、快く受けていただけた。何とも人情深い。
お礼にというわけではないが、アジとタコを提供し、早速さばいていただいた。
料理において、新鮮さに勝るものはない。特に、刺身は絶品だ。
聞けば、宿は隠れ家的な宿のようで、おじいさんが定年で会社を退職した後、ここに移り住んで始めたそうだ。
今日はたまたま空いていたらしい。こんな偶然があって、いいものだろうか 。
檜の風呂に浸かりながら、今日1日を振り返ってみた。波に揺られ、電車に揺られ、行き着いた先がこことは、何とも運のいいことだ。
熱燗を一杯やりながら、風呂を浴びるのも乙なもの。
全く予定外ではあったが、 何ともいい旅になったのだった。