徒然なるままに坂口友英|元イタリアンシェフの挑戦!

坂口友英の毎日の挑戦!と意気込んでおりましたが、ゆるーりとした生活を思うままに書き綴ります。元シェフらしく、毎日の料理や食事などが多いです。

違う目線から見えるようになった季節の変化

こんばんは、坂口友英です。

f:id:sakaguchitomohide23:20180127083647j:plain

日中の日差しも和らぎ、過ごしやすい季節になったものだ。
日中は日光に当たれば、それなりに温かさを感じるが、朝晩の冷え込みが始まった。
夏の時期のあの熱さはどこへ行ったのか。めっきり過ごしやすい季節になってきた。
街路樹も鮮やかに紅葉し、待ち行く人も徐々に厚手の服装になってきている。
そんな中、僕は、行きつけのカフェのテラスでコーヒーを1口飲み、やり遂げたため息と共に疲れを癒している。
ぼくは、この時期の移り変わりが非常に好きだ。
他の場面でも、季節が移り変わるときには、人々の様子や服装、自然に変化が伴うが、この時期のゆっくりとした変化が、1番季節を感じることができる。
ひと夏の激しい盛り上がりは息をひそめ、年末に向けて、人がせわしなく動き始める。歩く人は、少々足早になり年末が近づいていることを知らせてくれる。太陽の日差しも少なくなり、刻一刻と冬という厳しい季節の訪れを迎え入れる準備を行っている。
元々、シェフだったため季節の変化には敏感だった。その季節の旬のもの、その時期に行われるイベント。それに乗じて、特別メニューや新メニュー、特殊なイベントを開催したこともあった。店の中はお客様でにぎわい、忙しくも楽しい、記憶に残るひと時を過ごさせてもらった。
誕生日もこの時期にかぶるため、サプライズをぼくにしてくれたお客様もいてくれた。
今年は1人である。
周りには誰もいない。
だが、これはこれでよいものである。大人数でワイワイと楽しんでいた時には感じることのなかった、この時期ならではの移り変わりを感じている。
確かに、気心が知れているメンバーが集まれば、それはそれで楽しい。
しかし、今の誰も周りにいない状態も楽しいことは間違いない。
なぜかって?今までは、モノに頼って季節感を無理やり出していたからである。
食材なので、自然のものといえば自然のものであるが、最終的には人間の手が加えられ、いわば偽りの自然が表現されているのだ。
でも、今、感じている自然は紛れもなく、人間の手の加えられていない本物の自然である。
誰も木々を紅葉させようとして仕組んだのではなく、それこそ、自然に色づいたのである。
1人の状態を寂しくはあるが、落ち着いた、心の乱れていない寂しさで憂愁を感じている。
この季節もやがて終わりを迎え、次の季節がやってくる。
そして、それが終わればまた次の季節。
今前、感じることのできなかった新たな自然との触れ合いが、今の僕の心を癒してくれることだろう。